幼児期における先取り教育の是非についての私見

先取り教育はやるほうがいいのか?やらない方がいいのか?いつの時代も議論されていて、先取り教育は悪のような言われ方をしているほうが多いのではないかと思います。

しかしながら、中学受験はどう見ても学校教育から逸脱した先取り教育のようなもので、ほとんどの場合塾にいき、それを学び、合格という切符を手にしていると思います。

そもそも公立の小学校のカリキュラムを超えると先取りとなるなら、小学受験、中学受験自体が問題となり、もっと多くの問題点がでてくるのではないかというなかで、何が問題なのか考えてみると『フェイク学力』になることが問題になることが挙げられます。

フェイク学力とは?

先取り教育の弊害として、フェイク学力ということばが使われることがありますが、おおたとしまさ氏、安浪京子氏がいうには、

解法を丸暗記して基礎が脆弱な、いわゆる「フェイク学力」。

—『中学受験の親たちへ~子どもの「最高」を引き出すルール』おおたとしまさ, 安浪京子著 より

幼児教育の算数の先取り教育に当てはめると、数量感覚を身につけずに、ひたすら数列感覚のみで、足し算、引き算を行い、後から数量感覚を時間をかけて理解しないような状態やかけ算の意味を理解せず、暗記をしているのみの状態になるのではないかと思います。

確かに、幼児向けに作られている、上の子が取り組みをした七田式のプリントをみる限りは数列感覚と数量感覚をバランス良く学ぶような設計になっており、小学生向きの問題集でハイレベ100やトップクラスの問題集などは、そのあたりのことは基礎になるので、ほとんど説明されません。

幼児教育の先取りとして、中学受験のお子様を持つブログをまるまる参考にし、早く難しい問題を解けるようになったほうがいいだろうと、基礎を蔑ろにし、年中、年長からハイレベ100を5周するような取り組みは解法を覚え、ただ解答を求める方向へ走ってしまう危険性があるのではないかと思います。逆に基礎をしっかりとした上で、ハイレベ100などの高難易度の問題集に取り組むと、幼少期でも理解が深まるのではないかと思います。

私の失敗

実は私自身も失敗しています。

今年の4月からZ会のハイレベル1年生の取り組みをしていて、Z会自体は上の子の先取りにちょうどよかったのですが、私がより高度なことを求めてしまい、ハイレベ100も取り組みしてしまいました。

これの怖いところは、『同じ問題も繰り返したらできてしまう』ことでした。本人に解き方を聞いてもこの前やったからなど、理解している様子ではなかったので、取り組みをやめました。

12月になってから算数検定の練習がわりに、1枚やらせてみましたが、正答できました。

解き方をきいても、説明は上手くないですが、自分の言葉で説明できていたので、理解しているんだなと思いました。

フェイク学力かどうか確認する方法に安浪氏はこういった方法を説明しています。

丸暗記型か否かを見抜く方法は、「子どもに解き方を説明させること」です。スラスラとよどみなく説明できたら塾の先生になれます……というより、それは塾の先生の説明を丸暗記している証拠。たどたどしく(考えながら話すとスラスラ話せません)自分の言葉で、親にでもわかる説明ができていれば大丈夫です。

—『中学受験の親たちへ~子どもの「最高」を引き出すルール』おおたとしまさ, 安浪京子著

これは私自身の経験とわたしの子供への失敗体験からも正しいと思いました。

暗記は悪なのか

私自身は暗記先行の先取りは有用であると考えているので、悪だとは思っていません。しかし専門家がいない家庭学習においては、フェイク学力になりやすく足かせになるリスクが高くなるとも考えています。

例えば、算数などの基礎になる数量感覚を蔑ろにしてしまったり、かけ算の問題で、5×4+5が5×5と同じことということを理解しづらかったりすることが起こってくると考えられます。

しかし暗記先行のメリットとしては、いままで覚えていたことが、こうゆうことだったのかと一気に理解が進むこともありますので、時間的なところでは効率性は上がると思われ、親がしっかりとみてあげられる時間がある場合や専門家がついているなど、しっかりカリキュラムを組むことができる場合は非常に有用であると思います。

私自身は専門家でもありませんし、ましてや子供と接する時間は専業主婦の方と比べると少なくなってしまい、暗記先行の場合はフェイク学力となる可能性が高くなると判断し、基本的には避けるようにしています。

公文式による先取りはどうなのか

公文式の先取りは私の家でも検討し、私自身も公文式に通っていたこともあり、子供も通わせようと思っていましたが、結局通うことをやめ、七田式プリントとRISUにて学習をすすめることにしました。

理由として子供があまり楽しそうではなく、通いたいと言わなかったからです。そのため先取りの是非についてはあまり検討していません。

公文式を考える上で参考にしたのが、おおたとしまさ氏の著書である『なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか? (祥伝社新書)』であり、以下のような記載があります。

「計算問題はわかるよりもできることが大事」そして「自分の学年よりも 2学年、 3学年上の計算問題ができるようになれば、自分の学年の文章題や図形問題は難なく解けるようになる」ということだ。  ましてや、公文式の算数につるかめ算や植木算は出てこない。中学受験で使うつるかめ算など、方程式を使えば一発で解けるのだから必要ないということを、創始者は常々訴えていた。

—『なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか? (祥伝社新書)』おおたとしまさ著

こういった記載から公文式の先取りも有用であると考えられますが、子供をしっかりみていないと『できる』→『わかる』と親が判断してしまいと、フェイク学力につながる危険性もあり、親がしっかりついていないと4年生以降の失速につながる可能性を秘めていると思われました。

結語

●先取り教育はしても問題ないが、基礎を蔑ろにしない。

●理解先行、暗記先行どちらでも問題なさそう。

●暗記先行の場合は理解先行よりハイスピードで進むことができる可能性があるものの、『できる』→『わかる』の作業は必要。

●個人的には、親が子供を見る時間が短い場合は理解先行のほうが穴がなく安心できるではないかと考えている。

2020年での私見になるので、これが正しいかどうかわかるのは4年から5年後になるので、振り返ることができるよう現時点での先取り教育に対する私の考えです。

もちろん私の子供に対する考えなので、すべての子供に当てはまるなんて思っていませんし、それ以外の方法を否定するものではないです。

なるべく模試や試験の結果はブログに掲載使用と思いますので、そちらとあわせながら判断していただけたらと思います。

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